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Kamijima stories

海上の幹線道路

2015年10月01日 有馬 啓介


高井神島灯台 魚島村役場『島の肖像 魚島村制施行108周年記念写真集』平成16年 から

 弓削島の東岸から南東方向へ海を望むと魚島群島の島々を見渡すことができます。また、空気の澄んだ晴れた日には、遥か西に香川県の荘内半島の紫雲出山を確認することができます。その山頂にある紫雲出山遺跡は、弥生時代の高地性集落として著名で、紫雲出山が見えると、かつてその調査報告書を読みあさり、知識を習得しようとした日々を思い出します。魚島群島の西に位置する高井神島の中腹には、高井神島灯台があり、その光は、1世紀近く船舶の安全を守ってきました。この島と豊島の間は、現在も多くの大型船舶が航行しています。これらの景観を目の前にしたとき、自分が瀬戸内海の中心にいることを感じます。

 古来より瀬戸内海は、日本列島の交通の大動脈としてその役割を担ってきました。日本最大の内海であるこの海は、多くの人・モノが往来し、文化や経済の発展を支えてきました。その結果、瀬戸内海は、常に先進的な地域として歴史を重ねてきました。

 現在は、鉄道や道路、航空路が張り巡らされ、また、インターネットの登場により交通・情報体系が多様化しています。しかし、依然として瀬戸内海は、入港する船舶数や港湾貨物量から見ても、海上のいわば幹線道路としての地位を保っています。

 瀬戸内海の島に住む人々の生活や文化、産業等を学ぶ場合、列島の歴史において瀬戸内海が果たしてきた役割を見直すことも肝要であると感じます。

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